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宮市神社

神社名
宮市神社
よみ
みやいちじんじゃ
住所
江府町大字宮市498
祭神
伊弉冉命 事解男命 速玉男命 高靇命 菅原道眞
祭祀
例祭10月14日 春祭4月14日 夏祭(除蝗祭(虫送り))陰暦6月19日
例祭には神輿渡御があり、宮市、高原田、園地帯を一望出来る御旅所に巡幸し、宮司が国見祝詞を奏上する。
主要建物
本殿(流造1間4方昭和63年建立) 幣殿 拝殿 参籠所
境内
面積3,106㎡ 国道四八二号線の南側山麓に北西に面して鎮座。本殿左裏斜面にクレの巨木(樹齢400~500年)があり、斜面一帯を覆っている(通称大樫おおがしさん)。御神木は、スギ(樹齢500年幹周り4.2m)大山祇神の依代として崇敬され、「山ノ神」と親しまれている。

由緒

由緒往古より若一王子権現と称し、日野郡宮壹庄12ケ村総氏神である。天暦年間(950頃)、この地を開拓した豪族進氏(紀氏の別名)の産土神として紀州熊野より勧請したと伝えられる(社伝旧記)。その後、文明年間(1480頃)尼子氏家臣蜂塚安房守江美在城以来、二代三河守、三代丹波守、四代右衛門尉に至る80余年間崇敬が篤く、社領高13石6斗5升3合の寄進があった。永禄8年(1565)8月、蜂塚氏は毛利氏の臣吉川元春に滅ぼされ、これにより社領を失い社殿等も荒廃に至った。藩政時代池田氏により社領1石4斗一升3合の寄進が幕末まで行われた。明治初年、宮市神社と改称し、境内末社を合祀。昭和28年11月5日未明、放火により社殿が焼失した。昭和63年11月、社殿を旧態通り復元建立した。宮市地区に字聖(ヒズリ)と云う地名があり、進氏がこの高原を開拓したとき、御在所として自ら指揮を執った伝え、現在は御旅所となっている。地域住民はヒジリさんと呼んで大切に管理している。
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