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船上神社

神社名
船上神社
よみ
せんじょうじんじゃ
住所
琴浦町大字山川925
祭神
伊弉那美命 速玉男命 事解男命
祭祀
例祭6月23日
旧社格

各種指定
行在所跡が国の史跡地に指定(昭和7年)、拝殿横の大スギ、文保(1317~19)在銘の石造物、木札、棟札が町指定の文化財。
その他
主要建物 本殿(流造9尺四方昭和9年建立) 拝殿 
境内神社 奥ノ宮 
境内面積 69,300㎡
船上山山頂付近に鎮座。境内にスギ、イチョウの大木があるが、周囲は国立公園であり、ブナ、アスナロなどの原生林である。

由緒

創立年代不明。旧神社誌は「元明帝の時(七〇八~七一五)赤衣師、寺を建て智照権現の祠を建 つ、以後両部の霊場となれり」と記しているが、紀州熊野から勧請され、大山、三徳山と同様、修験道の霊山であったことが現存する棟札等によって推察される。
神社誌はまた、元弘3年(1333)閏2月、名和長年が後醍醐帝を船上山に奉ずるや、敵軍兵3千が来襲し、行在所に迫ろうとしたが、帝みずから当社に戦勝を祈願されたところ、忽ち雷電風雨が起こり、機に乗じて敵軍を破り退けたとの伝承を載せている。
後年現社地に奉遷し、国主池田氏により社殿の造営、社領の寄付もなされてい る。船上山三所権現と称し、疫病退散に霊験があるとして、県内中、西部、岡山県北部の各所に勧請された。明治11年、船上神社と改称。現在の社殿は、昭和9年皇弟澄宮殿下御立寄の際、船上山史跡保存会の労により新たに造営されたものである。
崇敬者は広域にわたる。後醍醐天皇行在所跡(候補地)は、当社の1㎞西南方にあり、その近くの「奥ノ 宮」(旧社地)には後醍醐天皇と大山祇命が祀られている。
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