神社名 | 白兎神社 |
よみ | はくとじんじゃ |
住所 | 鳥取市白兎603 |
祭神 | 白兎神 豊玉姫命 保食神 |
祭祀 | 元旦祭1月1日 例祭4月17日(近い日曜日) 秋祭10月17日(近い日曜日) 獅子舞、榊は全戸を廻り、子供御輿は児童が担ぎ、部落5カ所で婦人会員と共に踊りを披露する。 |
旧社格 | 村社 |
各種指定 | 社叢が国天然記念物(昭和12年) |
その他 | 境内面積 816㎡ 白兎海岸の南、小丘上に鎮座。 社叢の外側はクロマツでその内側にシイの木が繁り、内部はタブノキ、 アカガシ、ヤブニッケイ、クロキの暖性樹木が保護しており、俗に「三段林叢」と呼んでいる。 |
由緒
『古事記』に「此稲羽之素兎者也、於今者謂兎神也」と記されている由緒歴然とした古社である。
往古兵乱に遭い社殿を焼失し衰微すること久しかったが、慶長年中(1596~1615)鹿野城主亀井武蔵守茲矩が奇瑞の夢によって社殿を再興し、社領20石2斗を寄進している。
池田氏が因伯領主となってからも国主、郡主、庶民に至るまで厚く崇敬された。
寛文9年(1670)に本殿を建立した。近世は白兎大明神または大兎大明神あるいは兎の宮と称された。
明治初年に末社稲荷明神(保食神) を合祀して白兎神社と改称。
大正元年に合祀した川下神社(もと龍神豊玉姫命)は往古より気多ケ前の神ケ岩に鎮座していたが、本社と同様に兵火で焼失し、宝暦14年(1764)再興の棟札が残る。
当社は、「因幡の素兎(白兎)」の神話の場所として有名で、特に干支の卯年には参拝者が多い。
白兎神は大国主命と八上姫との縁を取り持たれた神として、 縁結びに、また、医療の発祥の地として病気平癒に霊験があることで著名である。
本殿の台石にはすべて菊文様が彫刻してあり「菊座石」と称する。
『古事記』に、白兎神が水門で傷口を洗われ蒲黄(がまのはな)を採って傷につけられたという神話がある。社前の凹所にある周囲80mの 「身洗池」がその水門に比定されている。「不増不減の池」ともいう。